完全ネタバレ解析

小林真里(映画評論家/映画監督)

※ネタバレページになりますので、本編ご鑑賞後にご覧ください。

韓国のフーダニット・ミステリー『告白、あるいは完璧な弁護』は、2人の女と1人の男を軸に2つの殺人事件を巡る、ダイナミックなツイスト(どんでん返し)も光る目まぐるしくもスリリングな逸品だ。殺人容疑をかけられたIT企業のカリスマ社長と敏腕弁護士が、雪深い山中の別荘で2つの殺人事件に向き合い、嘘と真実が派手に交錯する予測不可能な攻防を繰り広げる、一瞬たりとも目が離せないソリッドなサスペンスに仕上がっている。全編を通じてストーリーが二転三転するなど、大胆なミステリーの仕掛けが本作の醍醐味だが、本稿では5つのポイントにフォーカスして、ややトリッキーな構造を持つこの作品の謎を解読してみたいと思う。

ヤン・シネ弁護士の正体
この映画の最大のツイストは、主人公の一人で物語をリードするヤン・シネ弁護士の正体が、実は殺されたハン・ソンジェの母親、イ・ヒジョンだったというところ。確かに、息子が金融犯罪に関わっていたという疑惑を受け警察が家宅捜索に来た時に気絶した時も、その後ベッドで横たわっている時も母親の顔が見えないので、これはなにかあるな、と思わせる。しかしキム・セヒが密室で殺された時に、ホテルのフロント係のヒジョンがセヒを殺した夫ハン・ヨンソクを脱出させたという仮説が立てられ、その後もこの別の顔の女性が母親として映し出されるので、これが本物のヒジョンかと錯覚してしまう。
ヒジョンは本物のヤン弁護士に会いに行き「責任は問わないので、息子ソンジェを見つけてほしい」と懇願し、冷たくあしらわれるが、それを想定していた夫ヨンソクがヤンの車の中に隠れ、薬かなにかを染みこませたハンカチで口を塞ぎヤンを眠らせる。そしてヤンになりすましたヒジョンがユ・ミンホが隠れる別荘(山23番地)に会いに行く。ヒジョンは、かつてテレビ局の社会部の記者であり、弁護士ではないにせよ法律にも詳しかったと推測されるので、知性と自分なりの推理も武器にミンホに味方だと信用させ、彼に自分が本物のヤンだと信じ込ませることに成功する(契約書のサインが本物と異なっていたため正体がバレてしまうが)。ヒジョンが危険を顧みずヤンになりすました目的は、事件の真相を明らかにすることもそうだが、それ以上に、消えた(もう亡くなっているであろう)ソンジェの居場所を知ることにあった。絆の深い息子を想う母親の執念である。これは夫ヨンソクが話していたように彼女は「一度決めたら悩まず突き進むタイプ」だったという証拠でもある。
運命の分かれ道(右折)
そもそもの事件の発端は、不倫カップルが別荘を車で出た後に、近道をするため一般道を通らず右折したあそこが、文字通りの大きな分かれ道となってしまった。映画の前半では、あたかもセヒが車を運転していて、突然別れ話を切り出され驚いた彼女が前を見ていなかったために突然出てきた鹿を避けようとして(地元の人しか通らないような山の中の見通しの悪い道である。もちろん野生動物も出る)ソンジェが運転する対向車の事故を誘発してしまった、と描かれるが、後に実は運転していたのはミンホであり、彼主導で事故を隠蔽したことが明らかになる(事故後にセヒは不安症を患っていた)。人生は日々選択の連続だが、ミンホはともかくセヒとソンジェ、その両親の人生を狂わせたという意味でも、この右折という選択は致命的な過ちだったといえよう。
キム・セヒ殺人事件の真相
映画は、キム・セヒ殺人事件の容疑者として逮捕されたミンホが釈放されるところからスタートする。ヤン弁護士(のフリをするヒジョン)と向き合うミンホは、真犯人は別にいて自分は不倫をネタに何者かに脅迫されていたと語り、ヤンはソンジェの父親ヨンソクにはセヒを殺害する動機があった、という仮説を披露し犯人探しは二転三転するが、最終的に犯人はミンホでしかなかった。彼が髪をショートにしたセヒを鈍器のようなもので撲殺した理由は、事件現場となったホテルの514号室で彼女が自首しようと言い出し、警察に電話をかけパトカーまで呼んでいたからだが、これは突発的な犯行ではなく、彼女を殺すことはホテルに呼び出される前に予め計画していたのではないだろうか? もしセヒが真実を明らかにしたら、ミンホは社会的成功も家族も人生もすべて失うことがわかっていたから。最初から最後まで卑劣な外道である。
ハン・ソンジェの死の真相
ミンホとセヒの乗った車と衝突しそうになり、車ごと木に突っ込んで血を流し、倒れるハン・ソンジェ。ミンホは彼が死んだと信じ、ソンジェの車のトランクに押しこんで湖に向かう。事故を隠蔽するために。そしてクライマックスで、なかなか語られなかった、ミンホがソンジェをいかに始末したのかという、その謎が明らかになる。ミンホが湖に車を沈めようとしたその瞬間、トランクを叩く音がする。「助けて」。なんとソンジェは生きていたのだ(この映画の最後のツイスト)。驚いたミンホは、トランクの中にあったレンチでソンジェの頭を殴り、トランクを閉めて計画通り車を湖に沈める。セヒとソンジェの2人を殺したミンホの狂気と残忍性がここで明らかになる。
エンディング
ヤン弁護士だと思っていたヒジョンに事件の真相を知られてしまったミンホは、ヒジョンに意図的に持たせた銃で自分の肩を撃ち、彼女にやられたと自作自演して警察に通報。駆けつけた警官はヒジョンに手錠をかけ、ミンホは本物のヤン弁護士に見守られ救急車で運ばれていく。笑いが止まらないミンホ。しかし、ソンジェの車が沈んでいる場所が遂にわかったヒジョンから話を聞いた警察は迅速に調査を始め、別荘のそばの湖の中から車を発見する(ミンホはなくなったソンジェ殺害に使用したレンチを探すため、もしくは沈んだ車の状態を確認しに別荘に来た、ということなのかもしれない)。ミンホは手錠をかけられ、逮捕される。母の勝利、である。ちなみに凍りついた湖でソンジェの車を発見するシーンを見て、スウェーデンの傑作ヴァンパイア映画『ぼくのエリ 200歳の少女』(08)で凍った湖の中から死体を引き上げるシーンを思い出した。

トップページへ戻る