2018年2月9日、ヨハン・ヨハンソン逝去。シガー・ロス、坂本龍一、マックス・リヒターなど世界中のアーティストからその早すぎる死を悼むコメントが多数発表された。彼が生前、最後に取り組んだ最初で最後の長編映画が本作である。仲間たちの尽力より、没後2年の時を経て、ついに完成した貴重な作品だ。
1930年の初版以来、アーサー・C・クラーク(「2001年宇宙の旅」)等にも大きな影響を与えてきたSF小説の金字塔「最後にして最初の人類」が原作。20億年先の人類から語られる壮大な叙事詩である。全編16mmフィルムで撮影された旧ユーゴスラビアに点在する巨大な戦争記念碑<スポメニック>の美しい映像とヨハンソンが奏でるサウンドは、未来と宇宙への想像力を掻き立て、観客を時空を超えた時間旅行へと誘う。
ヨハン・ヨハンソン(1969年~2018年)は数多くの楽曲を生んだ作曲家であり、演劇、ダンス、テレビ、映画など幅広い媒体に楽曲を提供。クラシックのオーケストラサウンドと電子音を融合させた音楽スタイルで知られ、最初のソロアルバム『エングラボルン(天使たち)』(2002年)は、エリック・サティ、バーナード・ハーマン、パーセル、ムーンドッグなどの作曲家から、ミル・プラトー(Mille Plateaux)やメゴ(Mego)といったレーベルより発売されたエレクトロミュージックまで、多岐にわたる影響を受けて作られた。その後、4ADレーベルよりオーケストラアルバム、『フォードランディア』と『IBM 1401 – A User's Manual』をリリース。2016年、ドイツ・グラモフォン(Deutsche Grammophon)と契約を結び、最後のソロアルバム『オルフェ』を発表した。晩年は数多くの映画に携わり、2010年には前衛的なアメリカの映像作家ビル・モリソンが監督して批評家に絶賛された『The Miners' Hymns(原題)』に参加。その他、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『プリズナーズ』(2013)や、主要な映画賞の作曲賞にノミネートされた『ボーダーライン』(2015)、ゴールデングローブ賞や英国アカデミー賞の作曲賞にノミネートされた『メッセージ』(2016)など、数々のヒット作に楽曲を提供。ジェームズ・マーシュが監督した、スティーヴン・ホーキング博士の伝記映画『博士と彼女のセオリー』(2014)では、ゴールデングローブ賞の作曲賞を受賞した。また、サウンドトラックのみならず、自ら映画監督も務めた。デビュー作は、2015年に公開された短編映画『End of Summer(原題)』。手掛けた映画音楽として最後の作品となったのは、『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』であった。2018年2月9日逝去。
ヨハンはぼくにとって、ごく新しい友達でした。しかし長時間、お互いの仕事の話をし、あるいはぼくのスタジオで半日、ともに録音したり、知り合ってからはとても深い時間を過ごすことができたと思います。
何も約束はしませんでしたが、ぼくはこれから何度も共に音楽を作ることになるだろうと思っていました。お互いのリミックスの交換は、その始まりだったはずです。
そんな彼が何も言わずに突然去ってしまい、ぼくを含めて残された者はただ呆然としています。(追悼コメントより)
坂本龍一(音楽家)
静かに唸るヨハン・ヨハンソンの“音”に、20億年先の未来から届くティルダ・スウィントンの“メッセージ”が重なる。
観客は幾何学的な記念碑(モニュメント)をただ仰ぎ観る。
いつの間にか、それらは“モノリス”へと変わり、宇宙と終焉への畏怖に繋がる。これは亡きヨハン・ヨハンソンが奏でる最後にして最初の「2001年宇宙の旅」なのだ。
死は終わりではない。
小島秀夫(ゲームクリエイター)
20億年後の未来という超越的なこの体験は、まさに数万年前、原始の人類が宇宙を理解せんとしたときの追体験でもある。
即ち本作は、人類の知の始まりと終わりとを同時に体験させ、真に世界へ耳を澄ませるための装置なのだ。
冲方丁(小説家)
ステープルドンが残した未来の人類からの警告は、ヨハン・ヨハンソンの途方も無い音と映像によって壮大な抒情詩となった。
我々はこの作品を通じて、自分たちの中に潜む重要な感受性を呼び覚ますことになるだろう
ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)
想像した事もない神聖な生物を見たかのような、畏怖と歓喜。
あのなんとも神秘的で奇妙な音楽と映像、そして言葉の世界に完全に取り込まれた私の体は次第に鉛のように重くなり、沈まないように必死であった。
一世一代の貴重な体験。
ermhoi(Black Boboi,millennium parade)
ヨハン・ヨハンソンは『最後にして最初の人類』に自らの生涯を重ね合わせることで作品世界と完全に一体化し「人間というこの束の間の音楽を美しく」奏でたアーティストとして永遠に記憶されるだろう。
前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)
有名なSF映画のある構築物を連想させる冒頭のシーン。
だが、本作の風景を織りなすのは、実在する荒々しくも美しいコンクリートの記念碑群だ。その幾何学的な造形は、音楽と共鳴し、未来の遺跡として圧倒的な存在感を放つ。
五十嵐太郎(建築史家)
永劫の果ての時間旅行、それはあの日あの時、己がたった一人で対峙したスポメニックに抱いた遥かなる精神の飛翔そのものだった。
過去の遺物に宿りし未来への警笛は、星の瞬きを超脱するあたたかで無機質な救済。
星野藍(写真家)
オシロスコープが受信した未来の黙示録は、戦争と芸術を発明した最初の人類、つまり我々の物語であった。
スポメニックとヨハン・ヨハンソンの音楽が、存在しない楽園を夢見て共振する映像は、人類最後の、あるいは最初の映画のように、ただ美しい。
佐藤健寿(写真家)
最初から最後まで、終始一貫無駄も隙もなく、荘厳かつ美しい音と映像で鑑賞者の姿勢を試してくる。もしもあなたがクリエイターだったら、この作品を鑑賞して背筋が伸びる思いをするだろう。
真鍋大度
(アーティスト、インタラクションデザイナー、プログラマ、DJ)
描かれていないものを浮かび上がらせる映像と音楽/音響。壮大で重厚な美しい時間。ヨハンソンのことを考えながら観始めましたが、最後には彼の不在は不在でなくなり、ある境地にたどり着いたような幸せを感じました。
原 摩利彦(音楽家)
それは太陽なのか、ウイルスか?この地球が20億年の後、存在していることに気づかされてハッとした。そんなにも先の地球を想像したことがなかった。知ってはいけない事を、視てしまった感覚。モノクロームの映像と音楽が、ただただ美しく、「コヤニスカッツィ」を想い出した。本作のような映画を、映画館で鑑賞できる幸せを噛みしめている。
瀧本幹也(写真家)
ヨハン・ヨハンソンが最期の日々に何を考えていたのか?それはこの遺作を観てもわからない。でも、永遠に「わからない」ということがわかった気がする。それだけでも、ファンにとっては必見作と言えるだろう。
宇野維正(映画・音楽ジャーナリスト)
サラエボで映画を学んでいた頃にスポメニックをいくつか訪れたことがある。
重厚で硬質なそれらは土地のもつリニアな時空間に属さず、イモータルであるかの如く圧倒的に異なっていた。だがスポメニックも確実に朽ちつつある。すでに土地に吸収され消滅したものもあるだろう。第18世代になり様々な能力をえた人類も、宇宙の大きなサイクルを超越した訳ではなさそうだ。
20億年先の子孫たちが送ってきたメッセージは、虚無への誘惑になりえると同時に、瞬きの中に生まれる悦びを思い出させる。
小田 香(映画作家)