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カンヌ国際映画祭をはじめ世界各国で高く評価された『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』(14)のマリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督の最新作『パリの家族たち』は、明日の自分が好きになる前向きな感動作!前作では教育の現場での教師と生徒との絆を描いたマリー=カスティーユ監督。本作では、パリで働く女性たちとその家族にフォーカスし、多様化する社会での幸せの在り方を提示する。仕事だけでなく、家事に、育児に、恋にと、家族のため、そして自分のために奮闘する姿が眩しくかっこいい。そして、幸せになろうと試行錯誤する女性たちの物語をつなぐ赤い糸として、「母の日」の由来が語られる。母性をテーマにしながらも描かれるのはフランス流の何者にも縛られない自分を軸にした人生観だ。登場人物を通して現代社会を生きる私たちへの応援メッセージが心に響く、きっと家族に会いたくなる映画だ。

職務と母親業の狭間で不安に揺れる女性大統領のアンヌ。母親との複雑な関係ゆえに三者三様の関わり方をし、最後には母の日に母子の縁を解消しようとする三姉妹。次女のダフネは、2人の子供を持つシングルマザーでジャーナリスト。仕事を優先するあまり思春期の子供たちとは上手くいっていない。独身を謳歌している三女の大学教授のナタリーは、教え子との恋愛を愉しんでいる。長女で小児科医のイザベルは幼少期の母との思い出が原因でトラウマを抱えている。一方、心配性の息子から自由になろうとする舞台女優。さらに、全く電話にも出てくれない恋人の子供を妊娠してしまう花屋のココ。人生を少しでも楽しめるよう諦めずに奮闘する女性たちが、ポジティブなパワーをお届けする!

マリー=カスティーユ監督の下、素晴らしいキャスティングが実現した。女性大統領のアンヌには『最強のふたり』(11)のオドレイ・フルーロ、三姉妹のジャーナリスト・ダフネにはヴェネツィア=ピエモンテ公妃で『パリ、恋人たちの影』(15)のクロチルド・クロ、大学教授のナタリーには『ソフィー・マルソーの秘められた出会い』(14/劇場未公開)のオリヴィア・コート、シッターのテレーズには4度のゴヤ賞を受賞したスペインが誇る『ボルベール 帰郷』(06)のカルメン・マウラ、舞台女優アリアンには、女優としてだけでなくマリオン・コティヤール主演『愛を綴る女』(17)、カトリーヌ・ドヌーブ主演『ヴァンドーム広場』(98)などを監督し高い評価を得ているニコール・ガルシア、三姉妹の老いた母ジャクリーヌに、アカデミー主演女優賞ノミネートの『さよならの微笑』(75)のマリー=クリスティーヌ・バロー、花屋のココには『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』(14)のノエミ・メルラン、と華やかな面々が揃い物語を彩った。
 フランス、パリ。5月の母の日が近づくとある日。  女性大統領アンヌは、職務と初めての母親業の狭間で不安に揺れていた。強硬なリーダーシップで国民を率い、高い支持率を得ていたにも関わらず、母親となり戸惑うアンヌ。そんな彼女を夫のグレゴワールは優しく支えていた。
 2人の子どもを持つシングルマザーでジャーナリストのダフネは、野心家で仕事を優先するあまり思春期の子どもたちの気持ちに寄り添えないでいた。子どもたちは、母よりもベビーシッターのテレーズに心を許している。
 ダフネの妹で、独身を謳歌する大学教授のナタリーは、教え子との恋愛を愉しんでいた。一方で、世間の母親たちに強烈な偏見を持つ彼女は、母の日をテーマに講義をするが・・・。
 小児科医のイザベルは幼少期の母ジャクリーヌとの関係が原因でトラウマを抱え、養子を受け入れることを考えていた。妹のダフネとナタリーと共に、認知症が進む母ジャクリーヌの介護のことで頭を悩ましている。
 幼いころに母から受けた仕打ちが三者三様の心の傷となっていた三姉妹は、母の日に母親を置き去りにする・・・。
 病気を患っていた舞台女優のアリアンは、残された時間を舞台女優として、さらに新たに始めたタップダンスにと、人生を充実させたいと思っていた。だが、自由にしたいアリアンに対して、心配のあまり行動を制限しようとする息子が悩みのタネだった。
 息子の将来のため、国を出て我が子と離れて暮らすことを選んだ中国人娼婦。スカイプでの息子との会話だけが生きがいだ。
 花屋のココは、全く電話にも出てくれない恋人スタンの子どもを妊娠し、悩んだ末に生む決意をする。さらに、同じ花屋で働くジャックは、亡き母への思い出とともに生きていた。
 それぞれが、大切な人への想いを胸に、幸せになるための決断をする――。
1977年生まれ、フランス、パリ出身。主な映画出演作に、『屋根裏部屋のマリアたち』(10)、『最強のふたり』(11)、『ママはレスリング・クイーン』(13)などどがある。
フランス出身。主にテレビドラマなどで活躍している。主な映画出演作に、『ソフィー・マルソーの秘められた出会い』(14/劇場未公開)、『Pupille』(18/日本未公開)、『Moi,Maman,ma mere et moi』(18/日本未公開)などがある。
1969年生まれ、フランス、オー=ド=セーヌ出身。ヴェネツィア=ピエモンテ公妃。主な映画出演作に、『エリザ』(95)、『甘い嘘』(99)、『パリ、恋人たちの影』(15)などがある。
1970年生まれ、フランス出身。主にテレビドラマなどで活躍している。主な映画出演作に、第30回東京国際映画祭で上映された『マリリンヌ』(17/劇場未公開)などがある。
1945年生まれ、スペイン、マドリード出身。4度のゴヤ賞を受賞しただけでなく、数々の映画賞を受賞してきたスペインが誇る名女優。主な映画出演作に、『スガラムルディの魔女』(13)、『屋根裏部屋のマリアたち』(10)、『ボルベール 帰郷』(06)、『溺れゆく女』(98)などがある。
1944年生まれ、フランス、パリ出身。1974年の『さよならの微笑』(75)ではアカデミー主演女優賞にノミネートされた。主な映画出演作に、『モード家の一夜』(68)、『スワンの恋』(83)、『スターダスト・メモリー』(80)などがある。
1946年生まれ、フランス、オラン出身。女優業だけでなく監督・脚本家としても活躍している。主な映画出演作に、『愛と悲しみのボレロ』(81)、『Mの物語』(03)などがある。主な監督作として、マリオン・コティヤール主演の『愛を綴る女』(16)、カトリーヌ・ドヌーブ主演で話題となった『ヴァンドーム広場』(98)など評価の高い作品を多数手がけている。
1988年生まれ、フランス、パリ出身。主な映画出演作は、『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』(14)、『ヘヴン・ウィル・ウェイト』(16/劇場未公開)がある。
フランス出身。主な映画出演作に、『ルージュの手紙』(17)、『勤務につけ!』(17/劇場未公開)、『欲しがる女』(16/劇場未公開)などがある。
コロンビア・ピクチャーズのDevelopment Excutive、ハリウッド・リポーターの国際版編集長を務めたあと、制作会社Trinacaでエクセキューティブプロデューサーを務める。1998年に制作会社LOMA NASHAを共同で立ち上げ、着想、脚本執筆、公開時のマーケティングなどの、プロジェクトを通した展開戦略に力を尽くしている。2001年、さらにVENDREDI FILMを共同で立ち上げ、この2つの制作会社で12本の長編を制作している。主な長編作品として、国際映画祭で数々の賞を受賞し日本でも大ヒットした『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』(14)、第29回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門で上映された『ヘヴン・ウィル・ウェイト』(16/劇場未公開)などがある。また、プロデューサー、配給、テレビの映画編成担当者、エージェント、ジャーナリストなど、映画業界の女性たちからなるCERCLE FEMININ DU CINEMA FRANÇAIS (フランス映画の女性サークル)の設立者でもある。
本作のアイデアはどこから着想を得ましたか?
母性というテーマは、汲めども尽きぬ物語の源泉です。あまりにもたくさん物語があるので、群像劇にするしかないと思いました。私はこのジャンルの大ファンで、繰り返し観ては、見落としていた小さなディテールを発見して楽しんでいます。登場人物の接点や、シーン同士のつながりなどですね。今回とくに探究してみたかったのは、育児に不安を抱える共和国大統領でもある一人の母親です。また、スペクトルのもう一方の端には、息子によりよい将来を保証するため、国を出て我が子と離れて暮らすことを選んだ中国人娼婦。母親の最も美しい埋葬を考える以外に母親とは関係がなくなってしまった主婦。母の思い出と共に生きる息子。母親に対して過保護なユダヤ人の息子。母親との複雑な関係のせいで、母性に対して三者三様の関わり方をし、結局、母の日に母親を置き去りにする三姉妹。そして、すべての物語をつなぐ赤い糸として、「母の日」の由来が語られます。
今回の脚本の執筆は特に複雑でしたか?
これまでのシナリオの時より長くかかりましたが、面白いプロセスでした。ジグソーパズルを立ち上げ、登場人物の軌跡を交差させ、群像劇という「合唱」の楽譜を想像する必要がありました。私はこの作業に幾度も向き合い、書き直す度にキャラクターの人物像を修正しなければなりませんでした。その最たる例は、たぶん女性大統領でしょう。オドレイ・フルーロがOKをくれたバージョンから最終版までに、大統領の母親業との関わり方を3回も根本から変えました。シナリオの最終版がオドレイに届いたのは、クランクイン一週間前でした。シナリオは、人々との出会いや見聞きした話からも生まれるものであり、それが私の登場人物を育てます。その点、この母親というテーマについては、いくらでもストーリーがあります。しかも編集で、また一からやり直すことになったんですよ!
どんな母親像を表現したかったのですか?
母親讃歌を作るつもりはなく、また母親との関係のややこしさや、母親業への関わり方の難しさを過小評価したくありませんでした。あの生殖機能というものを、私は全く賛美していません。母親は、その地位によって、巨大な権力を持っていると思います。あらゆる権力は有害・有毒かつ破壊的となる可能性があります。そのことも扱いたいテーマでした。正直なところ、私には「母性本能」の意味が分からないし、それが実在するかどうかも知りません。自分の子どもができた時に初めて、自分の母とのつながりと、自分の母性に気づくのだと思います。母親であることは、ただ子どもを産むことよりずっと複雑だと思います・・・。
口うるさい過干渉な親は出てきませんね。
1人いますよ、脇役ですがね。バスの中で電話でこう言う人です。「やめて。決めるのは、母親である私よ」。権力濫用と言ったのは、こういうことでもあります。大勢の母親がもっている、あの確信です。父親より自分のほうがよく知っていると。中には父親に出る幕を与えない人もいます。映画では、カルメン・マウラが見事に演じてくれたテレーズが、完璧な母親に近いように感じられます。それは、テレーズ自身の物語と母親業との関わりを通して伝わってくるはずです。テレーズは6人の子の母親で、深い愛情を注ぐけれど余計な口出しや干渉はしない。寛容さや自己犠牲、献身という美徳を備えているからです。彼女は誰にも評価を下さない。ただそこにいるんです。
大胆にも女性の共和国大統領を映画にしましたね。
第一に、集合的無意識の中に何か痕跡を残すことができる余地があるとしたら、それは映画やテレビだからです。でも私はもっと踏み込みたいと思いました。私はいつの日か女性大統領が誕生すると確信していますが、その大統領が母親になった時、人々はどのような反応をするか見てみたいと思ったからです。今日でもまだ、女性は子どもを持つか、キャリアを選ぶかの選択を迫られることが多いのが現実です。社会はそのことをどう考えるのか?これらの選択をどのようにサポートするのか? 私は、この女性大統領を作品に登場させたかった。彼女は他の女性たち同様、母となったがゆえに、仕事だけやっていればよいというわけにはいかなくなります。私の関心は、そういった仕事と母親業の両立にあるのです。この問題については、すべてが解決したとはとても言えません。女性が母親業とキャリアのどちらも犠牲にせず、両立できるように条件と手段を提供するまでには全然なっていません。そして役割分担に関しては、まだまだ進歩が必要です。
女性として自己実現したいと考えるのも、また1つの母親の姿ですよね。
その通りです。なぜなら女性の多くが母になると女であることを忘れ、多くの子どもが母親も女であることを忘れていると思うからです。個人的には、自分の母親の背後に女を見ることができると、より平和な関係でいられる気がします。それは母親と対話する、より穏やかな方法なのです。
台本の読み合わせはしましたか?
家族ごとの小グループで読み合わせをしました。三姉妹と母親で一緒に、あるいはニコール・ガルシアとヴァンサン・ドゥディエンヌで一緒に、という具合です。その時ニコールがいろいろと惜しみなく提案してくれたアイデアは、積極的に取り入れました。それから全体の総読み合わせをして、音楽がスムーズに流れていることを音読で確かめました。結局それが、この合唱曲の声部に耳を傾ける唯一無二の機会となりました。
監督業にはとても魅力がありますが、カップルや出会いを「創造する」ことはその1つです。ガルシアとドゥディエンヌの組み合わせは、まさに夢が現実になったようでした。
私はパスカル・ドゥモロンが主演した『LE RIRE DE MA MÈRE』(17/日本未公開)で製作を務めましたが、本作では、問題を抱えながらも優しく感受性の豊かな人物像を彼と掘り下げたいと思いました。ギュスタヴ・ケルヴェンとは面識がありませんでしたが、フランス大統領の夫役は彼以外に考えられませんでした。もし断られていたら、絶望したでしょう。求めていたのは「ファースト・ジェントルマン」として安心感のある岩のような人であり、透明な普通の人ではダメだったのです。彼を見ていると、言葉数が少なくても、女性大統領がなぜ彼に魅かれるのか、彼は妻に何をもたらしているのか分かります。妻に対する態度と眼差しだけでね。
エリゼ宮(大統領官邸)のシーンの撮影はどこで行ったのですか?
屋外についてはエリゼ宮の中庭とロビーです。共和国大統領と大統領府が撮影を許可してくれました。確かマクロン大統領はOKを出す前に『ヘヴン・ウィル・ウェイト』を観てくださったはずです。ブリジット夫人が『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』を観られたことは知っていました。フランソワ・オランド前大統領は、退任前に官邸の住居部分の見学を許可してくださり、すごくためになりました。というのは、それがごく普通のオスマン様式のアパルトマンで、とくに広いわけでもないことが分かったからです。おかげで、同じような広さのアパルトマンで撮影できました。執務室のほうは、パリにある、インテリアが大統領官邸風の個人邸宅で撮影しました。
本作には群像劇映画に不可欠である真のリズム感があります。それはどのように出したのでしょう?
脚本段階ではいろいろ妄想します。登場人物の間につながりを作りたいとか、ダンスが途切れなく続く感じにしたいとか。撮影現場で想像を膨らませることもあります。ちょっとしたアクシデントや小道具の提案から、人物をつなぐアイデアが浮かんだりするんです。というのも、繰り返しますが、私は登場人物の間に、たとえ出会わない人同士であっても、つながりを織り上げたいのです。私が群像劇を観る時に楽しいと思うのは、まさにそこだからです。また、それぞれのシチュエーションや人物の対応関係の中には、編集段階で初めて明らかにしたものもあります。
音楽で意図したことは?
私は映画音楽作曲家の娘ですが、いつも時間不足で「追い詰められる」のを恐れているので、1人の作曲家だけに頼るのはとても不安です。本作では、感情の動きに従って発展していくような音楽を構築したいと思いました。そこで改めてルドヴィコ・エイナウディの作品とマット・ダンクリーの作品から曲を選び、若手の作曲家・アレンジャーのロナン・マイヤールに、童謡「きらきら星」の原曲であるモーツァルトの主題を元にした音楽を依頼しました。私の映画音楽のアプローチもまた、合唱的なのです。
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